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そして、春がくる [なんちゃってクリスチャン†]

そして、今年も春がくる 新緑のまぶしい気持ちのよい春が


芽吹く命の輝きと美しさに目を奪われながら、思い切り深呼吸した

ああ、なんて美しいところで生まれて育ったんだろうと

実家のある山の中で、ただそれだけ思う


3回目の春を迎え、ようやく普通にそう思えるようになった


神様のつくられた奇跡の一日と

私に与えられた 今日、生かされている時間と恵みに感謝しつつ祈る


あれから、ただ 日々その繰り返し

やさしい時間が、少しずつ記憶から痛みをぼやかしてくれる

私の気がつかないうちに


ただ、何も考えずに歩いているだけのようなのに

どうやら前には少しでも進んでいるようだ

そう感じられるようにイエス様が私を変えてくださったんだろうけれど(笑)


日本では、家が仏教信仰が多いように思う 

その中で、家族でただ一人 キリスト教に回心した私は気持ちの処理に戸惑う


クリスチャンとして、仏教の葬儀を終えて 思うこと

ご先祖様には、尊敬と感謝をいつも祈る

法事のルールはそちらに倣い、尊重するけれど

ただ、依り頼み拝む対象とはならない やっぱり違う


信仰するのは、やっぱり今この時も生きて共にいてくださる

イエス様なのだと実感する


愛情深い母が、生前と変わらないくらい父へお供え物を捧げる

重ねれば重ねるほど悲しいくらいの虚しさが募り、見ているととても切なくなる


あの時もそして今も、私にはイエス様がいてそばにいてくださるのに

母にはいない‥ どれだけ寂しいことだろう


父にも母にも福音は伝えた

種も蒔いたけれど、まだ届かない

今は主に委ねて、祈る

母に心の平安がいつもとこしえまであるように、祈る


極楽浄土より、天国に行きたいと願い 洗礼を受けてからずいぶん時間が過ぎた

なんちゃってクリスチャンだと開き直って適当に歩んできた私でも

ぽっかり空いた心の穴はもう埋められて、今日も祈ることができる恵み

よくあの時、決断したと 自分を褒めてやりたいところだけれど

救われたのも、それもまたイエス様からの憐みと恵みゆえの奇跡だと思う


あなたの心にも今、主の平安が豊かに注がれますように。


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そして、共に。 [なんちゃってクリスチャン†]

あれから、3ヶ月
いつの間にか夏が終わり、秋となった
父の法要も無事に完了し、感謝なことに 通常の日常生活に戻りつつある

時間が経過する度に
空虚感が増すのかと思いきや・・

不思議なことに、いつも心に父がいる
いつも共にいてくださる神様と同じように・・
父も共にいる

私だけでなく、母も兄も そうだろうと思う
当たり前のように、心にいつも共にいる

生前よりも近くに。
やさしくあたたかく、寄り添うように いつも共にいる。

空いた空間は変わらない事実だけれど
父の私たちへの愛情と今まで共有した時間と言葉がそのまま継続される
家の雰囲気に。家族の心の中に溶け込むように。

どこかに旅行に出かけていって
満面の笑顔でひょっこり帰ってくるのではないかと思うように
その帰りを楽しみに待っているような
そんな感じの気持ちになる心と家の雰囲気が不思議でしょうがない。

父なら何と言うだろう・・
場面場面で想像して、困った時は家族会議。
「父さんなら・・こう言う、こうする」と、笑えることに家族全員一致して、意見もぶれない
残された家族で、十分に支え合うことができる

豪快な父なだけに残された金品はまったくないけれど(笑)
それよりも価値のあるものを過分なほど遺して行ってくれた。

いなくなっても新しい形で、また家族として継続していく
死んでも、終わりではないと思わされる。
だから、生きている時が 「今」が大事なんだと
父のおかげで、「後悔のないように たくましく生きる」以外の選択肢がない

主にあって、今日も与えられた素晴らしい1日と命に
どこにでも行ける健康な体に
神様が作られた奇跡の今日を、感謝して大いに楽しめるように
今日も主と共に。父と共に。
みんなで丸ごと一緒に楽しむ時間となるように。
祈って、歩く。

祈れる恵み、感謝できる恵み なんと幸せなことだろう・・
今日、あなたの心にも、主の平安がありますように。



空いた空間 [なんちゃってクリスチャン†]

父が天に召された

あっけなくて、あっという間で…
最後の時間は、潔く静かな時間となり、流れる空気はゆったりと優しかった。

ようやく1週間が過ぎようとしているけれど
私の時間は止まってしまったようで。

もう通うことはない病院に、通い慣れてしまった習慣が、
いつもと違う現実だと…心がいちいちブレーキをかけて違和感を訴える
いままであった存在がいなくて
淋しくて悲しいと… 違和感がざわめく 
体中の神経が総動員して、もういない父を探してつぶやく

圧倒的で絶対的で大樹のような存在の父がいなくなるのに慣れるのは
どのくらい時間がかかるのだろう
私の心はどのくらいの時間をかけたら、いなくなったことを受け入れてくれるのだろう

まだ若く元気だったころから、遺書めいたものを書いたり話したり
死を前提に共有した時間があるから、お互いに言い残したり伝えられなかったり
の後悔はない

親は子供の記憶の中でいなくなった後も生き続ける------ そんな言葉を聞いた
その通りだろう
いなくなってもいなくならない。 
でも、だからこそ いないことが受け入れられない。
体で心で父を探してしまう。

遺影の写真は、いい顔で。
この世にいないのが嘘のようで。

どれだけ愛されていたのか、大事にしてくれていたのか、守られていたのか…
確認すればすればするほど、涙が止まらなくて困ってしまう。

空いた空間は、思ったよりも大きくて深くて、その大きさに驚いてしまう
認めたくないけど、認めないといけない
受け止めたいけれど、受け止めたくない
心も体も父の不在を拒絶して前にも後ろにも動けない
疲れて傷ついて悲しみと寂しさに満たされ過ぎて、何も考えることができない
機能停止でこちらの時も止まったようで。

これから何度涙を流したら、空いた空間に慣れることができるだろう

大きく空いたこの空間を自然に受け入れられたら、どんなに楽だろう…

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…だけど、他のもので埋めたいとは思わない、空いた空間は父そのものだから 
願わくば、空いた空間はそのままに、受け止めたい

空いた空間は神様の愛で満たしてもらおう
あふれるばかりの優しい愛で満たしてもらおう

父と共に過ごしたたくさんの時間と思い出を、振り返りながら少しずつ
記憶の中で生き続ける新しい父との記憶をこの空間に詰めよう

父への感謝は残された家族を支えるための力に変えて

私は歩く 
涙と感謝と共に、いなくなった父に文句を言いながら‥
怒りながら…

今はまだ、何も考えずに
だた、歩く

歩ける 主が支えてくださるから
一歩ずつ、ゆっくりと

私は主にすがり、そして祈る
家族の心が主の愛で満たされて癒されるように
傷ついた心を主が完全に癒してくれるように
今日も祈る  …そして、今も。

空いた空間に怒りながら、
ただ 祈る。

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